2008年05月28日

四川大地震で思うこと

四川大地震で学校が倒壊し、ランドセルの側で泣き崩れる親の姿。4月から子供が小学校に行き始めた自分としては、胸が痛む光景だ。自分だったら生きる気力を失うだろうと思う。

今回の地震は、自然の前ではひたすら人間は無力であることを思い知らされる。普段の平凡な生活のなかで人間が少しづつ築きあげていく幸せを無残にけちらす自然の威力。同時にその自然の恵みを受けて人間が生きていけるのものまた事実。

人は何のために生きているのか、そんな根本的な問いが頭によぎるほど衝撃的な震災だった。亡くなられた方たちのご冥福をお祈りする。
ラベル:四川大地震
posted by JOJO at 23:27| ロンドン ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

私的に・・・を前提に。

自然の前には無力でしかない人間が自然を破壊し自然の流れに逆らっている以上、自然の力で人間達が死ぬ事を私は悲惨とは思いません。

もし、私が自然の力で死ぬ事になってもそれは仕方ないと思ってます。

Posted by しおぎ at 2008年05月29日 12:26
しおぎさんコメントありがとうございます。そこを超越できると、それは釈迦がたどり着いた境地に近いと思うのですが。

Posted by JOJO at 2008年05月29日 19:45
釈迦ってエアシャカール?
Posted by しおぎ at 2008年05月29日 21:38
そうです。皐月賞と菊花賞を制して、古馬GTでは何もしなかったインドの聖人のことです。
Posted by JOJO at 2008年05月30日 07:11
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