2009年02月09日

中田永一『百瀬、こっちを向いて。』(祥伝社)

この本は、○○という有名作家が別名義で書いた恋愛小説の短編集である。

恋愛小説という言葉はやや適切でないかもしれない。実際、話は恋愛にまで発展するものはなく、その一歩手前で終わってしまう。恋愛手前の微妙な心理状態を描いたものである。4編の短編の主人公はほぼ皆高校生で、40過ぎたおやじが読むような内容でもないのだが、先に書いた北上次郎氏が『SIGHT』の書評対談で絶賛していたので昨秋に買ってしまった。それもハードカバーの単行本。文芸関係でハードカバーなんて買ったのは人生で初めてのような気がする。

4本のうち3本はすでに既刊の単行本や恋愛小説誌に掲載されていたもので、1本だけが本書のために書き下ろされたものである。自分はタイトル作の「百瀬、こっちを向いて。」がお気に入りで、同作の初出である、恋愛小説アンゾロジー『I LOVE YOU』(祥伝社)の文庫本も買ったほどである。ちなみに、本書に収められた同作は『I LOVE YOU』に掲載されたものが加筆修正されている。自分の印象しては、話のつながりや心理描写がわかりやすいのは、初出の『I LOVE YOU』掲載のもので、本作では、割と話がさばさば進むように感じた。ただ、「百瀬」という、本作の主人公が好きになる女の子のさばさばした性格を考えると全体がすっきりした印象の本作収録のものが良いように思う。

ところで、この○○という有名作家は、乙一という人のようであるが、自分はその名前を知らなかった。つまり自分にとって、中田永一も乙一もそう変わらないということになる。知らないというのは怖いことだ。(後で調べたら乙一ってとても有名な作家であることが判明)有名でも知らないものは知らない。世情に疎すぎるというか、せめて「ゆず」と「コブクロ」の違いくらいはわかりたいものである。

余談だが、祥伝社といえば、五島勉のノストラダムスシリーズの出版社だよな。関連ものとしてファティマの予言とかも読んでいた。ユングの心理学の話なんかも出てきて、結構自分の人格形成に影響を受けた気がする。はたしてノストラダムスの大予言はどうなったのだろう。自分は、1999年に人類は滅亡しなかったじゃないかと手放しでいえるほど、世の中は良くなっていないように思う。


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2009年02月02日

北上次郎って何者!!!

自分は競馬好きなので、競馬関連の本を買うことがあるが、以前、藤代三郎著の『鉄火場の競馬作法―「そのまま」「差せ」の叫び方』 という本を買ったことがある。本の中身は、競馬における最後の直線からゴールまでにおける、「そのままっ!」、「させ〜〜」などの「声のかけかた」の作法を書いた本で、なかなかの好著だった。この人の競馬関係の文章は他に雑誌等でも見かけたことがあるが、当たった当たったの文章ではなく、馬券を外したり・ミスったりの表現がおもしろいため、自分の中では好きな競馬ライターとして記憶されていた。

ところで、自分の愛読雑誌『SIGHT』に「読むのが怖い!」という書評のコーナーがある。このコーナーは、北上次郎氏と大森望氏という2人の文芸評論家(この言葉で正しいか疑問)が、対談形式で書評を行うものである。本をロジカルに分析するクールな大森氏とそういう大森氏をマシンと呼ぶ北上氏の突っ込み、突っ込まれの対談がとてもおもしろく、『SIGHT』で一番お気に入りのコーナーである。自分はこのコーナーをきっかけに、最近読書をするようになった。

それで、ネットで北上次郎氏のことを調べたら、この人にはいくつも名前があるらしく、その名前の一つが、冒頭で書いた「藤代三郎」。過去に自分でおもしろいと思ったものが、しらずしらずでつながっているとなんとなく嬉しくなる。そうか、北上次郎は藤代三郎なのか。


ラベル:北上次郎
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2007年01月16日

根本香絵×池谷瑠絵『ようこそ量子−量子コンピュータはなぜ注目されているのか』(丸善ライブラリー)

スピリチュアル世界の理解の一助になればと思い、たまにこの手の本に手を出してみるのだが、なかなか読み進まない。

この本はスピリチュアルとは無縁の内容だが、自分的には量子物理学の入門書と考えて購入した。

本では最初に、量子物理学の歴史や古典的物理学との対比を述べつつ、量子物理学の基本が説明されている。

古典的物理学との比較で自分にも理解しやすかったのは、古典力学では自然における変化は連続的であるが、量子はとびとびの値をとるということ。

私的バイブル『神との対話』で、時間というものは存在しないという内容の記述があるが、とびとびの値という考え方を頭の隅において考えると、時間が存在しないという言い分も少し理解できたような気分になる。

人間は、時間とともに刻一刻と変化しながら連続して存在するのではなく、アニメーションのセル画の1枚1枚のように、瞬間瞬間で存在するのではないか。でも瞬間って、どのくらいの短さだろう、時間がないなら瞬間も存在しないか?

微妙にたそがれ。

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2006年01月20日

許光俊(著)『世界最高の日本文学 こんなにすごい小説があった』(光文社新書)

てっきりクラッシック音楽評論家と思っていた許光俊氏が文学の本を書いています。

クラッシック音楽の時と同様、一般にはとっつきにくい分野である日本文学を対象にした今回の著作でも、その魅力や楽しみ方が分析的にわかりやすく紹介されています。

内容は、森鴎外、泉鏡花、谷崎潤一郎など11人の作家の作品を1つづ紹介し、その読み所が解説してあります。

そのなかで、岡本かの子という作家の作品だけはこの本の最初と最後に2作品紹介してあり、紹介されている作品もとても魅力的でした。

日本文学の入門書としてお薦めです。


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2005年10月17日

許光俊・鈴木淳文著『クラッシックCD名盤バトル』

クラッシック音楽では、だいたいバッハ(J.S.Bach)が活躍した18世紀の初頭から、20世紀初頭のドビュッシー(C.Debussy)、ストラヴィンスキー(I.Stravinsky)あたりくらいの、約200年間の音楽が繰り返し演奏される世界である。当然その期間前後の音楽も演奏されているが、少なくとも商業ベースではその200年間の音楽が中心といって良いだろう。だから、クラッシックでは、例えばベートーヴェン(L.v.Beethoven)の「交響曲第5番ハ短調Op.67〈運命〉」の演奏がたくさん存在する。同じ指揮者同じオーケストラの組み合わせでも、年を経て数回録音されることもある。そういう世界だから、いわゆる名盤指南本が多数出版されている。クラッシック専門の雑誌『レコード芸術』編の名曲名盤シリーズ(音楽の友社)はその代表的なものだろう。前置きが長くなったが、この『クラッシックCD名盤バトル』は、この名曲名盤シリーズの対岸にある名盤指南本(?)である。クラッシック音楽の熱心なファンの方には嫌いな方もいらっしゃるかもしれないが、随分思い切った内容の本である。著者個人の嗜好を全面に押し出しているだけと言ってしまえば、それまでかもしれないが、名盤指南の本などは多かれ少なかれそんなものである。この本の良さは、なぜこのCDがお薦めなのかという理由が、ストレートに伝わって来るところである。クラッシック音楽をこれから、聴いてみようと思われる方には、この本と『レコード芸術』編の名曲名盤シリーズを同時に購入されることをお勧めする。表裏一体でクラッシック音楽が楽しめるはずだ。



posted by JOJO at 07:49| 香港 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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